その店で、ぼくは古いちいさなカメラを買った。
そのカメラで使う紙巻きのフィルムは、店では売られていなかった。
「銀座のカメラ屋か、関内の市電通りにあるカメラ屋だね」
白い髪に めがねをかけた 店主は、横浜の古い通りの名前をあげて、フィルムを売ってそうな店をおしえてくれた。
市電通りのカメラ店は、小さな店内に輸入カメラが並ぶ、ちょっと敷居の高そうなカメラ店だった。
ぼくは 古いちいさなカメラを カバンから取り出し、フィルムを探していると伝えた。
初老の店員は、奥のショーケースから、透明のセロファンに覆われた10本ばかりのフィルムの包みを出してくれた。
店員の手のフィルムの包みに恐縮しながら、お金のなかった ぼくは 一本だけを買いたい旨をつたえた。
初老の店員は、こころよくセロファンを剥いで、その一本だけを ぼくに手渡してくれた。
カメラにフィルムを入れた ぼくは、そのまま関内の駅から電車に乗って横須賀に向かった。
横須賀では、そのとき寄港していたロシアの練習船の船員に、おぼえたてのロシア語で話しかけて、写真を撮らせてもらった。
それからも、市電通りのカメラ店では、仕事場が近かったこともあって、折りあるごとに、いくつかのカメラとレンズを買い足し、また、持て余していた身分不相応なカメラの修理でも世話になった。
最初に 古いちいさなカメラを買った店は、デジタルカメラが普及しはじめたころに店を閉じた。
今月、市電通りのカメラ店も店を閉じる。
その店に並んでいた西ドイツ製のカメラは、いつも憧れだった。
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撮影データ
カメラ/レンズ:YASHICA 44/yashikor 60mm F3.5
フィルム:efke R100