荷物を整理していたら、トロンボーンのマウスピースがでてきた。
ジャズの勉強をしたくて買った小さめのマウスピース。
あのときの楽器は手放してしまったけれど、高校の頃に、お小遣いを貯めて買ったスチューデントモデルは まだ捨てきれずに持っている。
押し入れの奥に仕舞っていたトロンボーンケースを引っぱり出す。
ケースを開くと、ちょっとくたびれてはいるけれど、スライドとベルに分かれて納まった楽器の金色が蛍光灯に輝く。
ケースからスライドを取り出し、インナーパイプを抜き出してオイルを塗る。
二三度動きを確認して、スライドをもう一度ロック。
左手でスライドを持ったまま、右手でケースからベルを持ち上げる。
ベルとスライドを繋ぎ、ロックの螺子を回す。
この時間、お隣はだれかいるだろうか。
きっと、苦情がくるだろうな。
でも、ほんの一曲、ほんの数分だけだ。
これが終わったら、また楽器を押し入れに仕舞おう。
そして、また、いつもと同じ暮らしに戻ろう。
朝起きて、満員の電車に揺られて、仕事をして、帰りに一杯だけの高いコーヒーを飲んで。
そんな暮らしに。
ゆっくりと息をだし唇を振るわせる。
チューニングパイプを引き出して、B♭に合わせる。
あの頃、この曲の入ったアルバムばかりを聞いていた。
いつか きみとのデュオを夢見てた。
K と JJ のように。
スライドを Fのポジションに構える。
そして
It’s All Right With Me.