電車が止まっていたので、タクシーを使いました。
人の列が伸びていた駅のタクシー乗り場をあきらめ、流してるタクシーを拾おうと大通りを歩くと、いい塩梅に歳をとったトヨタの空車を見つけました。
荷物といっしょに乗り込みつつ、初老の運転手さんに、県境を越えた街の名前を伝えます。深夜料金だと優に一万円を越える距離です。日が落ちて間もないこの時間にそこまで取られることはないのですが、長距離であることに違いはありません。
「蒲田は一号線にでるまでがたいへんでねぇ」
「ここが立体交差になる頃は、もうハンドルを握ってないだろうな」
踏切と信号が続く交差点で足止めをされたまま、そんな話しを聞いています。
話しのついでに、急いでいるわけではないけれども約束があることを伝えると、時間を聞かれます。
「8時だけど、遅れたら遅れたでいいから」
時計を見るとすでにあと30分を切っていて、交通量の多いこの時間、とても間に合いそうもありません。
これを聞いた運転手さん。さっそくこの先の道路状況を確認してくれます。
「この信号さえ、なにごともなく越えたら、間に合いますよ」
ほどなく、信号を抜け、国道に出ると、クルマは首都高速の入り口手前の交差点の信号で止まります。
「こっちの車線から入ると、信号一回じゃはいれないから、反対側に回り込みますね」
信号が青に変わると、首都高速に入るクルマを横に見ながら直進。信号を越えたところでUターン、反対車線から高速に入るクルマの列の中に割り込みます。
後ろのトレーラーヘッドからのパッシングをもろともせず、そのまま料金所を越えると、交通量の少なくはない道を空き車線を選びながらほかのクルマの間を縫って走り続けます。
首都高速を降りるまでに抜かれたクルマは、脇をすり抜けていったバイク便だけ。
この間、運転手さんは、あくまでジェントルな表情を崩しません。
高速を降りると、目的地はすぐ。詳しくないからという運転手さん。ここで戸惑いながらも時間に間に合わせてみせてくれました。
「こんな早い時間から沢山乗っていただいて、ありがとうございました」
運転手さんは、降りぎわにさりげなくそんなことを言ってくれました。さすがカミカゼタクシー[*]と呼ばれた世代のドライバー。わたしのほうこそプロの技を見せていただきました。
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[*]カミカゼタクシー:1980年代、外国人観光客は日本のタクシーのはた目には無謀とも思える運転をこう称しました。