予定までの時間潰しのカフェ…
ふいに顔をあげると、黒いショートボブの髪に白いイレギュラーヘムのスカート、推定身長153cmのお嬢さんが向かいのテーブルで、小さなノートに熱心になにかを書き込んでいる姿が目にはいります。
おそらく、手元には暗号表があって、ノートにはレジスタンスのメンバーへの通信を書いているにちがいありません。…なんでそうなのかって、だってそうなんですよ。そうじゃなきゃ、あのお嬢さんが、あれだけかわいい理由がありません。
とすると、もうすぐこの通りの角に、兵隊を載せたキューベルワーゲンが姿を見せるはずなのです。たぶんそうなのです。見せるったら見せるのです。そしたらボクは、席を立ってお嬢さんの席に歩いていって、すぐに店の奥に入るように伝えるのです。
将校がキューベルワーゲンから降りてきます。そしてボクに訊くのです。ここにいたお嬢さんの身元を。
もちろんボクがお嬢さんの身元なんて知るわけはありません。名前すら知らないのです。正直にそう応えると、将校に続いてキューベルワーゲンから降りてきた兵隊が、両脇からボクの腕を抱えるのです。将校が手荒な真似をしないように伝えると兵隊は腕を抱える力を少しだけ緩めます。その隙を逃さずにボクは兵隊の脇をすり抜けるのです。通りを駈ける背中に銃声が追いすがります。一発くらい足をかすめてもいいかもしれません。でもあたると痛そうなのでイヤです。このへんは演出でどうとでもなるのです。
路地に飛び込んだボクはアパルトマンを駆け抜けモンマルトルに止めたブガティに飛び乗ります。道を塞いだハーフトラックを、タイヤから白煙をあげながら90度のターンを決めてかわします。
カフェの裏通りで先ほどのお嬢さんをみつけて、ブガティの助手席のドアを開きます。気づいた兵隊がシュマイザーの銃口を向けます。間一髪、ボクはお嬢さんの腕を取って助手席に引き上げるのです。銃声はすでに遠くになっているのです。
そして、そのままパリの郊外までマロニエの並木道を抜けて二人ドライブなのです。
…よし。シナリオは完璧です。はやくあらわれてください。兵隊さん。…あ、しまった。ブガティ持ってない。…て、そういうことじゃないですか。そうですか。
…いや、その、ロブ・ライアンの『暁への疾走』が面白かったのです。はい。