固定電話に電話をかけるときは、いつも緊張します。
直接相手が出でくれればいいけど、そうじゃなくて、ほかのひとが出たときになんと言って呼び出してもらおう。
…とか、
相手がいなかったときに、どんなことを言えばいいんだろう。
…とか、
電話に出たのがお母さんだったらまだいいけど、おとうさんだったらどうしよう。
…とか、
ひょっとしておばあちゃんで、耳が遠くて、大声で話さなきゃならなかったらどうしよう。
…とか、
それを居間にいる家族に聞かれたらいやだな。
…とか、
…相手が電話口に出てくれるまでの戦いが男をいざないます。
*
たとえば、楽器屋さんに電話をします。
いつもおせわになっている店員さんを呼び出してもらいます。
…○○さん、いらっしゃいますか。
楽器の調整をお願いしていたりすると、週になんども電話をすることがあります。
あんまり頻繁に電話をしていると、呼び出してもらうのに遠慮がちな声になります。
…あの、○○さん、いらっしゃいますか。
最初に電話に出る店員さんは、だいたい同じ店員さんです。でも、ちゃんとしたお店の店員さんだけあって、恥ずかしくても、最後まで相手の名前を言わないと、取り次いでもらえません。
…いや、べつに恥ずかしがることはないと思うのですが、条件反射というか、トラウマというか…
…あの、○○さん、いらっしゃいますか。
遅くまで開いているショッピングビルに入っている楽器屋さんだけに、遅くに電話をもらうことがあります。着信に気づかないと、折り返しの電話は、さらに遅くなります。
そんなときは、パターンを変えます。
…電話をもらったみたいなんですけど、○○さんだと思うのですが、まだいらっしゃいますか。
遅くに電話をして不審がられることにかわりはありません。
*
高校のとき、好きな女の子の家に電話するときも、ちょうどこんな感じだったことを思い出します。
…もしもし…あぁ。またお母さん出ちゃったよ。
…あの、あきこさんはいらっしゃいますか
…いまでかけてるのよね。どんなご用?
…ご用ってそんな、ご用なんてないんだけど
…また掛けます。…
お姉さんが出ると、こんな感じです。
…もしもし…あれ?あきこちゃんじゃないのかな。
…あの、あきこさんはいらっしゃいますか
…あきこ電話よー
…あぁ、笑ってるのが聞こえてるよ。
…ちょっと、離れてよお姉ちゃん
…また掛けなおすね。
…トラウマです。
おそくに電話すると、こうなります。
…もしもし…あぁ。またお母さん出ちゃったよ。
…あの、あきこさんは
…もう遅いから、また明日にしてちょうだいね。
…はいそうします。
…あきこさんにたどりつけません。
あ、楽器屋さんに電話するときは、ちゃんとご用はあります。